RAFTができるまで②

RAFTができるまで②

なにもないわたし、サブと器用貧乏な店主のものがたり。

店主。
東京生まれヒップホップ育ち、野球野郎はだいたい友達ー。

口から生まれたんじゃないかと思うほど喋る、黙ってれば可愛い妹と、沖縄を相当バカにする弟を持つ店主。

さつき(母)は料理上手。卵焼きの天才。勝ち気。
てつよし(父)はお酒飲まないと全く喋らない…。

小さい頃から共働きの両親は忙しく、長男であるという多大なる責任のもと、弟と妹のお世話をして、ご飯を作ってあげて、宿題を手伝ってあげて…。
絵に書いたようなできた息子を演じ始める。確か小学生になった頃から。

いつも強い子だねって言われ続け、泣かないで偉いねって褒められたりして。
そんなふうに周りが言えば言うほどに笑うことさえ苦痛に…とまではいかないけど周りの円滑のためにも我慢や努力ができる子に育った。

てつよし(父)の指導の下、野球を始める。てつよしは剣道の名手らしいのだけど…なぜ野球の指導をしてたのかは未だに謎。

運動会で人気者になる親いるじゃないですか??親子リレーとかでごぼう抜きみたいな。
そんなキラキラした両親の血筋と、小さな頃から培ってきた負けず嫌いと努力の精神で中学では女子にキャーキャー言われる存在に♥
頭良くて足早ければなんでもかっこよく見える可愛かった頃が懐かしい…。

小学校の卒業式の写真は女の子との写真ばかり。。。。

そんなこんなで、野球野球の生活。
高校は男子校に進み、まさふじさんに出会う。ここまた広げると小説になりそうだから、割愛。笑

プロテストも3回受けたり、松坂投手の球を打ち返す道を探っていた。

全部ダメだった。
就職先も決まり、あとは弟妹の送迎と学費の支払いのためのバイトをこなすだけの大学生活。

内定式前日。
内定を断る。

まだ諦められない夢があった。
というよりも、周りに「もう少しやれよ」とか「もったいない」とか、言われすぎてもうちょいやってみるか…と。
そこで「普通」の道を少し外れる。笑

24歳の時、プロテストを受けてBCリーグで新潟のチームに所属する。弟も同じチーム。結構すごい。
3個違いだとなかなか一緒のチームで励むことも少ない。

兄弟が野球の道に進み、プロのチームで実績を残す。
両親はとても嬉しかっただろうなーと思う。

大谷翔平と同じ手術をしたとかで、半年ほどしか所属できなかったのだけど、優勝✨とファンがいてくれる✨という努力の結晶のような経験をした。

とはいえ、話を聞いている限り、悔いというか心残りというか…志半ば感を抱かざるを得ない経験なんだけど、本人はびっくりするほどあっさりと野球を捨てた生活をしていた。笑

周りに「野球」にまつわる人が多いからゼロとはいかないけど。

高校生の頃から居酒屋したり、野球したり、イタリアンしたり、新潟野球したり、スポーツショップしたり、アメリカ野球したり、沖縄居酒屋したり、靴屋さんしたり…で今に至る。

こういう遍歴と、物心ついた時には備わっていた円滑化ファーストの精神から、そこそこ賢いんだけど、無駄に責任感強めで、自分のことは後回し。

なんだか勿体ないような、でも別にそんな悪くないような…。

そんなこんなで自由でも不自由でもない生活をしていたのだけど、左側白紙の紙切れの右側を先に埋められるという作戦に根負けの形でハンコを押すことになる。。。

ずーっと昔から頭の隅に置いていた「いつかは独立したい」という想い。
その気持ちをかき立てる…いや、かき乱す存在が現れた。
それがサブ。

さて。役者は揃った。

これから、この平凡な2人の主役を抜いて主役になろうとするキャラのたちすぎるやつらがどんどん出てくるのだけど。

それもまぁ、ふるいちーむっぽい。

暇つぶしに楽しんで貰えたら🙆‍♀️

賽は投げられた。🎲

これは浅草3丁目の裏路地にあるRAFTがはじまるまでの物語。

次回に続く…

沖縄や浅草で、一緒に何かをできる仲間募集中!

きようびんぼう【器用貧乏】なまじ器用なため、あれこれと気が多く、また都合よく使われて大成しないこと。。。
自分のためにある言葉なのかと思うほどに「器用貧乏」と言われ続けてきた店主。周りを見ていい感じに進む店主と猪突猛進型のサブ。きっといいバランスのふるいちーむが「RAFT」という環境を手に入れました。
やりたいことはやりたい人とやる。ここ浅草と沖縄を中心に「RAFT」を通じて人との繋がりや関係性を拡げていけたらいいなと考えています。
気楽に1杯。そこからスタートできるのもRAFTのいいところな気もしています。何か楽しいことできそう!って思ってくれたらぜひ遊びに来て下さい。
日常を綴ったInstagramも覗いてみて下さい♪

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